『まんがサイエンス』 近年の科学漫画の最高峰

投稿者: | 2011年11月11日

 本作は、あさりよしとお氏による科学漫画である。1987年に連載がはじまり、中断や掲載誌の変更を経つつも20年以上に渡って描き続けられてきた、とても息の長い作品である。

 科学漫画は、かの手塚治虫氏にもたくさんの作品があるように(『手塚治虫治の理科教室』などを見るとよい)、漫画のいちジャンルとして、非常に長い歴史がある。本作は、扱う内容のレベルの高さや、最新の話題への目配り、ストーリーやキャラクターのユニークさから、近年の科学漫画の最高峰に位置付けられるだろう。

 今年の9月に発行された最新の第13巻では、まず冒頭のストーリーで、ゲリラ豪雨を観測できるレーダーとして、従来のCバンドレーダーよりも波長が短い(その分精度が高い)Xバンドレーダーを、漫画で紹介している。続いて、ホルモンと環境ホルモン、人工衛星(特に静止衛星)、ノイズキャンセリングヘッドホン、生命の寿命とDNA(テロメア)、潜水調査船しんかい6500、GPSと六分儀、味覚のしくみ、バイオメトリクス、冬眠、フェムト秒レーザー、インフルエンザのそれぞれについて、簡潔なストーリー漫画で紹介している。

 本作の魅力は、登場するキャラクターがとてもユニークなことにある。レギュラー陣は、よしおクン、あさりちゃん、あやめちゃん、まなぶクン、である。この中で一番目立つのは、あやめちゃんである。彼女は3枚目キャラで、毎回のように体をはっている。例えば、しんかい6500の回では、自作の樽で海に潜ろうとして溺れている(水圧で潰れる)し、インフルエンザの回では出だしから病気にかかっている。他にもちょくちょくひどいめに合ている。また、ボケ担当でもあるようで、物凄くマズそうな料理を作ったり、人体や環境のホルモンと焼肉とを最後まで混同したりして、ストーリーの展開や「オチ」に一役買っている。

 これらのレギュラー陣に加えて、毎回のテーマに合わせて登場する「専門家」(怪人だったりウィルスそのものだったりする場合もある)が魅力的である。奇抜なデザインであったり、ブラックユーモアが効いていて、このいわばゲストキャラクターが、毎回のストーリーの一番の楽しみなのである。

 第1巻に登場する「はっはっ怪人」は、巨大な口だけの顔を持つ人物が白衣をまとっていて、傑作キャラクターの代表選手と言えるだろう。最新13巻でも、レーダーマンや波消しブラザーズなど、ユニークな専門家が登場している。味覚の専門家である笑福亭味覚や、冬眠の専門家であるトーミン・トロールは、ネーミングの妙だが、仁鶴師匠やムーミンの了解は得られているのだろうか・・・。

 なお、あさりよしとお氏は、新世紀エヴァンゲリオンの敵キャラクター(使徒)のデザインにも参加しているし、他の作品にも魅力的なキャラクターが多く(『宇宙家族カールビンソン』の「台風」なども傑作)、ユニークな造形の考案が元来得意なものと思われる。

 このようなユニークな登場人物が絡むにもかかわらず、短いページ数の中に、興味を引く導入部、テーマについての簡潔な解説、読者が抱きそうな疑問への回答、今後の展望や課題、そして漫画としてのオチが、きっちりと盛り込まれているのである。

 私自身、プロと比較するのはおこがましい素人仕事ながら、理科の授業用教材として、ゼミ生たちと簡単な漫画冊子をいくつか作ってきた。その時、言葉なら表現でごまかせる部分でも、絵にする場合にはきちんと描かざるを得ないものが多いことに気づいた。例えば、専門家の服装や道具などは、文章では細部は問われないし、触れずに済ますことをできる。しかし、絵にする時は、写真や資料をもとに、ある程度正確に描く必要がある。本作も、ノンフィクションゆえの人知れぬ苦労が、たくさんあったはずである。そうした制作秘話自体も、いつかおまけ漫画にでもして欲しいものである。

 このような優れた作品がこれだけ長く続いてきたのは、まず何と言っても著者の才能と、著者を支える編集部の方々のサポートとが、不可欠であっただろう(とある学会で初期の担当者の方と話す機会があったが、やはり結構大変だったようである)。加えて、長年に渡って本作品を支持してきた読者の存在も、忘れてはならない。科学の話題を楽しむことのできる人々(連載誌においてはおもに児童)は、少なからずいたし、その拡大に本作自体も寄与してきたものと思う。

 本作は、連載誌が休刊となるなどの不運に見舞われてきた(児童向け科学雑誌の盛衰を単に「運」で片付けることはできないかもしれないが、本作に責任があるわけではなく、これはこれで別に考えるべきテーマだろう)。今後の継続については不透明であるが、編集部は最近、電子書籍化や、TwitterやFacebookでの情報発信にも、熱心に取り組んでいる。どのような形であれ、本作が今後も続いて行くことを期待したいし、時代の最先端を紹介してきた本作であるから、もしかすると科学漫画の新しい可能性を拓いてくれるかもしれない。

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