『学校って何だろう』~教育社会学のエッセンスを中学生に語るということ~

投稿者: | 2011年1月10日

 本書は、教育社会学の入門書である。著者の苅谷剛彦氏は、日本において最も有名な教育学者のひとりである。教育社会学という教育学の中の一分野に関して、多数の著書を執筆している。特に、学力格差を階層化社会という視点で論じた一連の著作はよく知られている。本書刊行時点(1998年)には、東京大学大学院教育学研究科に所属していたが、現在はオックスフォード大学に籍を移している。

 本書は、『毎日中学生新聞』に連載された文章がもとになっている。1998年に単行本として出版され、文庫化にあたって一部修正がなされるとともに、副題もつけられた。企画の発端は、『毎日中学生新聞』編集長による言葉であったと「おわりに」に記されている。すなわち、「苅谷さん、あなたは自分のやっている学問を、中学生にもわかるように書けますか」(p.225)という問いかけである。

 これに応えて本書は、「学校」という存在をどのように見たり考えたりしたらよいのかを、中学生にも分かるような言葉遣いで、語りかけるように丁寧に述べている。

 まず、「どうして勉強するの?」(第1章)という、誰でも一度はもったであろう素朴な疑問からはじまる。そして、「試験」「校則」「教科書」というような、学校では当たり前に存在しているものに対して、あらためてひとつづつ、教育社会学的な観点から解説が加えられていく。ただし、これらに対する学問的見方を「定説」として押しつけるというタイプの筆致ではない。世間一般の常識や先入観とは異なる見方を提示して、「このような見方や考え方もできるのですよ、あなたはどう考えますか?」と、問いかけるような文章になっている。

 第5章では「隠れたカリキュラム」として、いわゆる「Hidden Curriculum」の問題が取り上げられている。このあたりから、内容的には少し高度なものが含まれていく。このあと、「先生の世界」「生徒の世界」「学校と社会のつながり」と、各章が続いていく。しかし、ここでも難解な部分はまったくなく、『階層化日本と教育危機』などの専門書において著者が提示した論点や、この分野の有名な研究成果について、簡潔に要約されている。

 このように本書は、著者自身の研究も含めた「学校」に関わる内容が、中学生に向けて優しく語りかけるような口調で、コンパクトにまとめられていまる。専門用語はほとんど登場せず、予備知識なしに読める。当初の読者対象とされた中学生はもちろん、教員免許を取得する学生や、現職教師の方々にも、ぜひ一読をお薦めしたい本である。もし本書に、入門書ゆえの物足りなさを感じたなら、著者には新書や文庫も含めて多数の著作があるので、これをきっかけに他の著作にも手を出すとよいだろう。

 私自身も、専門は違うとは言え、教育学の研究者の端くれである。しかし、自分のふだん研究していることを中学生にわかるように語ることができるか、と問われれば逡巡してしまう。その「難問」に真摯にチャレンジし、これだけの内容を、これだけの平易さのなかで語って見せたというところに、感銘を受けた。新刊ではないが、2010年に読んだ本のベストとして、本書を紹介したい。

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